後遺障害事例

低髄液圧症候群=脳脊髄液減少症= CSFH (のうせきずいえきげんしょうしょう)

1.低髄液圧症候群(CSFH、脳脊髄液減少症)とは

交通事故が原因で「低髄液圧症候群」になってしまう方がおられます。この症状は、脳や脊髄の外側を覆っている膜(硬膜)が破れて、中の水分(髄液)が外へと流れ出してしまうことによって起こる症状です。脳や脊髄は保護の必要性が高いので、周囲に「髄液」という液体があり、その外側を膜が覆う構造となっています。ところがその膜が破れてしまうと、中の髄液が外に漏れ出して、内圧と外圧のバランスが崩れてしまいます。すると、起立時の頭痛を中心とするいろいろな症状が発生します。これが、低髄液圧症候群です。低髄液圧減少症は、「脳脊髄液減少症」と呼ばれることも多く、英語では「CSFH」(Cerebro Spinal Fluid Hypovolemiaの頭文字)と表記されます。交通事故で頭部を損傷した場合などにおいて、衝撃によって膜が破れて低髄液圧症候群になる可能性があります。

CSFH は、 Cerebro Spinal Fluid Hypovolemia の略語です。

2.CSFH の診断基準

頭部外傷に伴うCSFH(低髄液圧症候群)の診断基準は、日本神経外傷学会の脳神経外科医が中心となってまとめています。

 

2-1.前提となる症状

まずは、前提として以下の症状が出ていることが必要です。

① 起立性頭痛
起立性頭痛とは、起立時に頭部全体に感じる鈍い痛みです。起立時に強くなるのが特徴で、座ったり寝たりすると、15分以内に収まります。低髄液圧減少症のもっとも典型底な症状です。
② 体位による症状の変化

低髄液圧症候群になると、頭痛以外に耳鳴りや聴力低下、光過敏や悪心などの症状が発生しますが、これらの症状は、体位(姿勢)によって変化する特徴があります。

 

2-2.診断基準

次に診断基準として、以下の要件を満たす必要があります。
① MRアンギオグラフィ(MRA)により、びまん性の硬膜肥厚が増強している
 MRIアンギオグラフィという血管画像撮影により、広範囲に硬膜が肥厚していることが確認できる場合です。
② 腰椎穿刺により、低髄液圧が60mmH2O以下であると証明されている
 腰椎穿刺とは、腰から針を刺して、髄液を採取するための検査です。これにより、低髄液圧が60mmH20以下の場合に低髄液圧減少症の基準を満たします。
③ 髄液漏出を示す画像所見がある

ここでいう画像所見は、脊髄MRI、CT脊髄造影、RI脳槽造影のいずれかです。これらによって、髄液漏出部位が特定されると、低髄液圧症候群の基準を満たします。

上記に示した「前提となる症状」と「診断基準」のうち、(1)前提となる症状を1項目と、(2)診断基準1項目を満たせば、「低髄液圧症候群」(CSFH、脳脊髄液減少症)」 と診断されます。

また、交通事故との因果関係も立証しなければなりません。
低液圧症候群は、大きなくしゃみをした場合や尻餅をついた場合など、他の原因によって発症するケースもあるからです。
交通事故の外傷が原因であると認められるためには、受傷後30日以内に発症しており、かつ外傷以外の原因がないことが必要です。

3.低髄液圧症候群の診断基準まとめ

以上から、交通事故外傷による低髄液圧症候群の診断基準をまとめると、以下の通りです。

外傷による低髄液圧症候群の診断基準

① 起立性頭痛または、体位による症状の変化がある
② MRアンギオグラフィにより、びまん性硬膜肥厚が増強していることを確認できた場合、あるいは腰椎穿刺で低髄液圧60mmH2O以下である場合、または髄液漏出を示す画像所見がある場合
③ 交通事故による外傷後30日以内に発症しており、事故以外の原因がないこと

上記の3要件を満たす場合に、外傷性CSFHと診断されます

4.裁判所の傾向

実は交通事故が原因で低髄液圧減少症となった場合、立証が非常に困難です
症状の立証が難しいこともありますが、事故との因果関係を否定されるケースもあります。
そもそも、低髄液圧減少症は、比較的新しい研究分野であり、医学界でもはっきりと見解が定まっていません。近年までは治療のための保険も適用されていませんでした。
そこで、低髄液圧減少症となった事実が争われた裁判では、発症を認めない判決が相次いでいます。

 

裁判所は「RI脳槽造影」という検査に対し、否定的な見解をとることが多いようです。
たとえば、RI 脳槽造影による漏出があった事例において、「脊椎腔穿刺の際にできた針穴から液が漏れている可能性が高い(つまり交通事故外傷が原因ではない)」と判断された事例があります。RI 脳槽シンチの所見は、見る人の個人差が大きいので、診断基準として不足していると判断されているようです。

一方、低髄液圧減少症の発症を認める裁判例もあります。
平成20年1月10日、横浜地裁が低髄液圧症候群を認める判決を下しました。同年7月31日には、東京高裁が保険会社側からの控訴を棄却し、1審判決を支持しています。

この交通事故は、平成16年2月22日、布団販売業の42歳の男性が乗用車で交差点を直進中に対向してきた右折車によって衝突されたものです。
被害者は、事故による受傷から14か月後に、低髄液圧減少症の確定的な診断を受けています。

裁判所が交通事故による低髄液圧減少症と認めた基礎となる事情は、以下の通りです。

ポイント

① 本件交通事故によって、「頭部挫傷」と診断されている
② 初診時の治療先において頭痛を訴えており、カルテに「眼の奥が痛い」と記載されている
③ その後の経過時の治療先におけるカルテでも、「右眼の裏が痛い」と記載されている
④ 程度の差はあるが、頭痛の内容が「右眼の奥ないし裏が痛む」という点で一貫性がある
⑤ 身体を横にすると頭痛が和らぐ(起立性頭痛の症状と合致している)
⑥ EBPの治療によって完治した

 

この事故では、被害者は先ほどご紹介した低髄液圧減少症の3つの要件を満たしていたので、低髄液圧減少症であることの証明ができました。
因果関係についても、裁判所は上記の事情から、被害者の低髄液圧減少症が事故による衝撃や外傷によると推認できるとして、事故と症状との因果関係を認めました。

実はこの訴訟は、当初、保険会社から「債務不存在確認請求訴訟」として提起されたものです。つまり、保険会社は「賠償金を支払う義務はない」と主張して、被害者に対して訴訟を起こしたのです。
これに対し、被害者が「反訴」によって、事故の賠償金の請求訴訟を起こした結果の判決です。

なお、保険会社は、当初、被害者の低髄液圧減少症と交通事故の因果関係を認めていた経緯があります。裁判になって「錯誤」無効を主張したのですが、裁判所は、この主張を「時機に遅れた主張」であり、「禁反言の原則」からも認められないとして排斥しています。(禁反言の原則とは、矛盾言動が許されないという原則です)。

5.低髄液圧減少症の認定についてのまとめ

以上より、低髄液圧減少症では、先に紹介した3つの要件を満たす場合に、症状の存在や交通事故との因果関係が認められて賠償金が支払われる傾向があると言えます。
ただし、3つの要件を満たすケースは少数であることが事実です。
頚部の交感神経が異常になっている「バレ・リュー症候群」の重症例ではないかと思われる事例も混じっています。

 

6.低髄液圧症候群には健康保険が適用される

先ほど少し触れましたが、低髄液圧症候群(CSFH)は、平成28年4月から健康保険による治療が認められています。
低髄液圧減少症には「ブラッドパッチ療法」といって、膜の破れた箇所を塞ぐ治療法が有効と考えられています。最近ようやく保険適用となったので、知識として知られていないこともあります。これを機会におぼえておいて下さい。

 

7.脳脊髄液減少症、CSFHにおける後遺障害のポイント

自賠責の後遺障害認定では等級認定を受けにくい

低髄液圧減少症となった場合、上記で紹介した3要件を満たせば症状の証明ができますし、交通事故との因果関係を認める判決も出ています。
ただし、現時点において、自賠責は低髄液圧減少症についての後遺障害認定に消極的です。
後遺障害認定請求をしても、非該当の通知を出してくる可能性も高いです。
非該当になった場合には、自賠責・共済紛争処理機構に紛争処理の申立てを行うか、訴訟を行う必要があります。
訴訟では自賠責とは異なる機関である裁判所が判断するので、自賠責が認めなくても外傷性低髄液圧減少症とそれによる後遺障害が認められる可能性があります。諦める必要はないので、訴訟の専門家である弁護士までご相談下さい。

 

 

低髄液圧減少症は、非常に困難な症状です。
適切に診断を受けて治療を受けることすら難しく、後遺障害認定を受けて適正な賠償金を受け取ることはさらに困難を極めます。
被害者がきちんと補償を受けるためには、弁護士によるサポートが必須です。
アジア総合法律事務所では、交通事故の後遺障害認定に非常に力を入れており、福岡、九州を始めとして全国からご相談をお受けしていますので、是非とも一度、ご相談下さい。

当事務所には、年間約200件にのぼる交通事故・後遺障害のご相談が寄せられます。
多くは福岡県内の方ですが、県外からのご相談者もいらっしゃいます。

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