外傷性網膜剥離 (がいしょうせいもうまくはくり)
交通事故で眼に強い力が加わると、その衝撃で網膜が剥がれることがあります。眼球の網膜が剥がれることを、網膜剥離といいます。
下記のイラストを見てください。赤い線が「網膜」です。いずれのイラストも、交通事故によって網膜が剥がれた状態を示しています。
(1)網膜の役割
網膜とは、眼球の奥にある、厚さわずか約0.1~0.4ミリの薄い膜のことです。
網膜は、眼球の中でも重要な役割を担っている組織です。人間がものを見るときには、光が角膜を通って瞳孔から眼球内に入ります。光は水晶体で屈折されて、硝子体を通り、網膜に到達し、網膜が光の刺激を感じ取って、その刺激を視神経を通じて脳に伝えます。脳が網膜からの情報を受け取ることによって、ようやく「見える」と認識します。
つまり、網膜はカメラに例えるとフィルムのような役割を果たしています。
その網膜の中でも特に重要な部位が、網膜の中央に存在している黄斑部です。黄斑部には、色や形を識別するための細胞が存在しています。
(2)網膜剥離の原因
網膜剥離を発症するメカニズムには、2段階あります。
①網膜が引っ張られて、裂け目ができます。この裂け目を「網膜裂孔(もうまくれっこう)」といいます。
②網膜裂孔から水や硝子体が流入して、網膜が剥がれます。
網膜の内部は10層に分かれています。一番外側の層を「網膜色素上皮細胞(」と呼び、その他を「神経網膜」と呼びます。
網膜色素上皮細胞と神経網膜は、非常に弱い力でつながっています。そのため、交通事故で衝撃を受けると、容易に神経網膜が網膜色素上皮細胞から剥がれてしまいます。
剥がれ落ちた神経網膜は、硝子体の中に浮き上がります。これが「網膜剥離」の状態です。
(3)裂孔原性網膜剥離(れっこうげんせいもうまくはくり)
網膜の裂け目のことを「裂孔」や「網膜裂孔」と呼び、網膜の裂け目が原因で網膜剥離を発症することを、「裂孔原性網膜剥離」といいます。
高齢者の場合は、加齢を原因として裂孔原性網膜剥離を発症することがあり症状は、以下の4つが代表的です。
①飛蚊症(ひぶんしょう)
何も無いところに虫が飛んでいるように見える症状のことです。暗い場所では気になりませんが、明るい場所や白い壁を見たときに、虫が飛んでいるように感じます。
②視野欠損(しやけっそん)
下記の写真のように視界の一部が見えなくなるという症状です。
正 常 視野欠損
③光視症(こうししょう)
眼に光が当たっていないのに、突然チカチカとした光の点滅を感じるという症状です。暗い部屋にいるときに突然稲妻のような光が見えることもあります。
④視力低下
網膜剥離を発症すると、急激に視力が低下することがあります。
(4)治療
点服薬で瞳孔を開き、眼底検査を行います。重症なケースでは眼底検査によっても眼球内部を十分に観察することができないため、超音波検査を行います。視界に支障が生じているときは、視野検査を行います。
外傷性網膜剥離を発症すると、多くの場合は手術による治療が必要となります。網膜剥離の手術には、3種類あります。
①光凝固術(ひかりぎょうこじゅつ)
網膜に裂け目ができた場合は、光凝固術を行います。網膜の裂け目の周囲をレーザー光でふさぐという手術です。
この手術は、比較的短時間で終了するため、入院をする必要がありません。通院で対応することが可能です。
②網膜復位術(もうまくふくいじゅつ)
液化した硝子体が裂け目に入り込むことによって網膜が剥がれた場合は、網膜復位術(もうまくふくいじゅつ)を行います。手術によって、剥がれた網膜を元に戻します。およそ10日間程度の入院が必要となります。
③硝子体手術(しょうしたいしゅじゅつ)
網膜に裂け目ができて硝子体が出血している場合は、硝子体手術を行います。手術によって、出血でにごった硝子体を除去します。およそ10日間程度の入院が必要となります。
網膜復位術や硝子体手術を行った場合は、事務職などのデスクワークを主とする方であれば、手術後1ヵ月ほどで職場に復帰することができます。工事現場などの重労働の方であれば、手術から2ヵ月ほど経過すれば仕事に戻ることができます。
(5)後部硝子体剥離(こうぶしょうしたいはくり)
後部硝子体剥離とは、加齢によって生じる病気です。交通事故によって発症する病気ではありません。網膜剥離に関係する症状ですが、加齢が原因で発症する病気であるため、交通事故の後遺障害の対象とはなりません。
後部硝子体剥離は、年齢を重ねるにつれて硝子体がゼリー状から液状に変化するために、硝子体が網膜から浮き上がるという症状です。
後部硝子体剥離を発症すると、硝子体が網膜を強く引っ張るため、網膜剥離を引き起こします。交通事故の後に網膜剥離を発症したとしても、後部硝子体剥離が原因であれば、交通事故の後遺障害の対象にはなりません。
(6)後遺障害
交通事故によって外傷性網膜剥離を発症すると、手術が適切に行われたとしても、多くの場合に後遺症が生じます。
特に、網膜の剥離が大きいケースや、網膜の中心部分が剥離しているケースは、手術が成功した場合であっても高い確率で後遺症が生じます。
後遺症としては、視力の低下、視野の欠損、飛蚊症や光視症、変視症などが代表的です。
①視力の低下
外傷性網膜剥離の後遺障害の中心は、「視力障害」です。視力障害とは、交通事故の外傷によって視力が大幅に低下することです。
視力障害を後遺障害として申請する際のポイントについては、詳しくは「角膜穿孔外傷」内をご覧ください。
②視野変状(しやへんじょう)
交通事故によって網膜剥離を発症すると、視野変状が後遺症として残ることがあります。
「視野」とは、眼前の一点を見つめているときに、同時に見ることのできる外界の広さのことです。
視野が狭まった範囲によって、「半盲症」「視野狭窄」「視野の欠損」「暗点」の4つに分類されます。これらの4つの症状をまとめて「視野変状」と呼びます。
③視野狭窄(しやきょうさく)
視野の周辺から中心にかけて視野が狭くなることです。
下のイラストと表を見てください。日本人の正常な視野の平均値を示したものです。
視野の検査は、8方向の角度を測定することによって行います。8方向の角度の正常値は、合計560度です。この値が60パーセント以下となった場合、つまり合計値が336度以下となった場合は、「視野狭窄(しやきょうさく)」として後遺障害の対象となります。
視野の測定は、「ゴールドマン視野計」や「フリッカー検査」によって行います。フリッカー検査は、視神経障害の診断に有効な検査方法です。
ゴールドマン視野計
フリッカー検査
眼球が正常な状態であれば、フリッカー検査の正常値は40~50(C/S)です。
検査値が26~34(C/S)の場合は、再検査が必要となります。後遺障害を申請する際には、およそ3回ほどフリッカー検査を受けて、数値の最も低いものを記載します。
最も低い数値が25(C/S)以下であれば、視野狭窄として後遺障害の対象となります。
両方の眼に視野狭窄が認められる場合は、後遺障害等級9級3号の対象となります。片方の眼だけに視野狭窄が認められる場合は、後遺障害等級13級3号の対象となります。
④半盲症(はんもうしょう)
半盲症とは、視野の左半分や右半分を欠損して、両眼の視野の4分の1を欠損することです。
半盲症には、5種類あります。
【同名半盲】
・右側半盲:両眼の右側の視野が欠損した状態
・左側半盲:両眼の左側の視野が欠損した状態
【異名半盲】
・耳側半盲:両眼の耳側が欠損した状態(右眼は右、左眼は左が欠損した状態)
・鼻側半盲:両眼の鼻側が欠損した状態(右眼は左、左眼は右が欠損した状態)
・水平半盲:視野の上半分または下半分が欠損した状態
両方の眼に半盲症が認められる場合は、後遺障害等級9級3号の対象となります。片方の眼だけに半盲症が認められる場合は、後遺障害等級13級3号の対象となります。
⑤暗点
暗点とは、視界の一部が島状に欠けることです。
下の図を見てください。ゴールドマン視野計で測定された正常な右目の視野です。
上の図では、耳側に100度、鼻側に60度、上側に50度、下側に75度の視界が確保されています。このような角度が、正常な視野が確保された状態です。
上の図の等高線のことをイソプターといいます。視標ごとの感度の限界を示しています。光が小さく弱くなるほど、イソプターは小さくなります。小さいイソプター内にある中心地が、最も感度が高いところです。
暗点とは、視野の中で部分的に見えないスポットのことです。上の図を見てください。中心より耳側15度に、青い丸が存在しています。これが暗点です。
上の図で示した暗点は、「マリオット盲点」と呼ばれています。マリオット盲点は、全ての人に存在します。ただし、左右の眼が情報を補い合うため、日常生活でマリオット盲点を感じることはありません。片眼でものを見るときでも、脳が情報を補正するので、マリオット盲点を感じることはありません。
暗点には、絶対暗点と比較暗点の2種類あります。視界の中で全く見えない部分を絶対暗点といい、不鮮明に見える部分を比較暗点といいます。
後遺障害の対象となるのは、絶対暗点です。比較暗点は、後遺障害の対象にはなりません。
視界のどこに暗点が現れるのかによって、呼び方が異なります。
視野の中心に現れる暗点を中心暗点、マリオット盲点と中心暗点が連結したものを盲点中心暗点、注視点の付近にある暗点を副中心暗点といい、中心部と周辺部の視野が残っていて、その中間に輪状の視野の欠損がみられる状態を輪状暗点といいます。
(7)管状視野(かんじょうしや)・螺旋状視野(らせんじょうしや)
管状視野や螺旋状視野は、後遺障害の対象とはなりません。
管状視野とは、目標物までの距離が変わっても視野が変わらないという症状です。螺旋状視野とは、視野の検査中に視野がだんだんと狭まっていくという症状です。
管状視野も螺旋状視野も、適切な治療を行えば元どおりに回復します。また、管状視野も螺旋状視野も、医学的に証明することが困難な症状です。これらの理由によって、管状視野や螺旋状視野は、交通事故の後遺障害の対象にはなりません。
(8)後遺障害を申請する際の注意点
外傷性網膜剥離を発症した場合は、交通事故に精通した弁護士にご依頼されることをお勧めいたします。
先ほど説明したとおり、網膜剥離の検査には様々な種類があります。具体的には、眼底検査、超音波検査、ゴールドマン視野計やフリッカー検査などです。症状によっては、さらに多くの検査が必要となります。
後遺障害を申請する際には、これらの検査結果の中から適切な検査結果を選び出し、立証資料として添付する必要があります。どの検査結果を添付すれば被害者にとって有利となるかは、被害者の症状によってケースバイケースです。
症状によっては、眼底検査が有利な証拠となる場合もあれば、フリッカー検査が最も有力な証拠となる場合もあります。被害者の方に最大限有利となる後遺障害診断書を作成するためには、適切な資料を精査するための専門的なノウハウが必要です。交通事故に精通した弁護士であれば、医療記録を的確に分析して、被害者の方にとって最適な後遺障害の申請を行うことができます。
適切な示談金を獲得するためには、後遺障害の申請を慎重に行わなければいけません。同じような視野の障害に悩んでいる場合であっても、後遺障害の申請の仕方によって、9級に認定される場合もあれば、13級に認定される場合もあります。場合によっては、非該当となるおそれもあります。
交通事故の示談金は、主に後遺障害等級を基礎として算出されます。つまり、後遺障害等級が変われば、示談金は大きく増額する可能性があります。後遺障害等級が1級違うだけで、示談金が数百万円ほど変わることもあります。
アジア総合法律事務所では、日頃から交通事故の紛争解決に力を入れており、後遺障害の申請について豊富な実績と経験があります。福岡をはじめとして、全国各地からご相談を受け付けております。当事務所にご相談していただければ、後遺障害診断書を作成する際のポイントについて、法律的な観点からアドバイスをいたします。
交通事故のご相談は初回は無料で受け付けておりますので、外傷性網膜剥離(がいしょうせいもうまくはくり)の後遺症でお悩みの方はご予算を気にすることなくお気軽にご相談ください。
当事務所には、年間約200件にのぼる交通事故・後遺障害のご相談が寄せられます。
多くは福岡県内の方ですが、県外からのご相談者もいらっしゃいます。