水晶体亜脱臼 (すいしょうたいあだっきゅう)
人間の眼球には「水晶体(すいしょうたい)」という組織があります。水晶体は、対象物にピントを合わせるという役割を持っています。カメラでたとえると、レンズの役目を果たしています。
水晶体が正常な位置からずれることを「水晶体亜脱臼(すいしょうたいあだっきゅう)」といいます。
(1)「脱臼」と「亜脱臼」の違い
水晶体が正しい位置から完全に外れてしまった状態を「水晶体脱臼(すいしょうたいだっきゅう)」といいます。「水晶体完全脱臼」と呼ばれることもあります。
これに対して、水晶体が正しい位置からが少しずれた状態のことを「水晶体亜脱臼(すいしょうたいあだっきゅう)」といいます。
つまり、「脱臼」と「亜脱臼」の違いは、水晶体の位置のずれが大きいか小さいかの違いです。
下記のイラストを見てください。左のイラストは、正常な眼球の状態です。右のイラストは、「脱臼」と「亜脱臼」の違いを表したものです。
水晶体は、「チン小帯(しょうたい)」と呼ばれる細い糸で眼球の壁に固定されています。交通事故でチン小帯を大きく損傷すると、水晶体が完全に支えを失ってしまい、「脱臼」もしくは「完全脱臼」の状態となります。
チン小帯の損傷が軽い場合は、水晶体の一部が支えを失い、水晶体が少しだけずれた位置で止まります。これが「亜脱臼」の状態です。
(2)水晶体の仕組み
水晶体は、見るものの距離に応じて厚みが変わる組織です。水晶体の大きさを変えているのは、「毛様体(もうようたい)」と「チン小帯(しょうたい)」です。
近くのものを見るときは、毛様体筋(もうようたいきん)に力が入ります。毛様体筋に力が入ると、毛様体と水晶体の間が狭くなり、毛様体につながっているチン小帯が緩(ゆる)み、水晶体が大きく膨(ふく)らみます。水晶体が膨らむと、目の屈折力が強くなり、近くのものに焦点を合わすことができます。
反対に、遠くのものを見るときは、毛様体の力が抜けます。毛様体が小さくなると、チン小帯の周囲が引っ張られることになり、水晶体が薄くなります。水晶体が薄くなることによって、目の屈折力が弱くなり、遠くのものがハッキリと見えるようになります。
(3)チン小帯(しょうたい)
チン小帯(しょうたい)とは、毛様体と水晶体の間を結んでいる筋肉線維です。
チン小帯は、2つの重要な役割を持っています。「水晶体を支える」という役割と、「遠くや近くのものを見るときに水晶体の厚さを変える」という役割です。このような役割を「調節作用」といいます。
下記の左のイラストを見てください。水晶体は、チン小帯によって眼球の壁に固定されています。
交通事故によって眼球を打撲すると、チン小帯が切れることがあります。チン小帯が切れてしまうと、水晶体を眼球の壁に結びつけることができなくなり、水晶体の位置がずれてしまいます。これが、「水晶体亜脱臼」や「水晶体脱臼」の状態です。
(4)症状
チン小帯の損傷が激しいケースでは、近視、乱視、複視(ふくし)が生じます。複視とは、物がぶれて見える症状のことです。症状によっては、眼鏡で矯正(きょうせい)することができないほどに視力が低下することがあります。
チン小帯の損傷が軽度であれば、視力に異常が生じることはありません。
(5)診断
水晶体亜脱臼(すいしょうたいあだっきゅう)の検査は、散瞳薬(さんどうやく)を点眼して行います。細隙燈顕微鏡(さいげきとうけんびきょう)で瞳孔(どうこう)を観察して、水晶体が正しい位置からずれていることが確認できれば、確定診断となります。
確定診断がなされると、眼底鏡(がんていきょう)による検査を行い、脱臼した水晶体がどこにあるかを調べます。
緑内障(りょくないしょう)やぶどう膜炎(まくえん)を発症している場合は、超音波検査やXP(レントゲン)検査、CT(スキャン)検査などを行います。
(6)治療
症状が軽いケースでは、手術が行われることはありません。
重症なケースでは、手術によって水晶体を摘出しなければいけません。重症なケースとは、重度の視力障害を発症している場合や、ぶどう膜炎や緑内障を併発している場合などです。
手術によって水晶体を摘出しても、失明することはありません。手術前と比べると見えにくくなりますが、全く見えなくなるわけではありません。対象物にピントが合わなくなり、ぼんやりとしか見えない状態になります。
見えにくくなるとはいっても、眼鏡(めがね)やコンタクトレンズを装用すれば、視力はある程度回復します。最近では、人工水晶体(眼内レンズ)を挿入するケースも増えています。
水晶体の摘出については、「水晶体脱臼、無水晶体眼(むすいしょうたいがん))」をご覧ください。
(7)後遺障害
交通事故によって水晶体亜脱臼を発症した場合、症状が軽いケースであっても、後遺症が生じることがあります。後遺症としては、「複視(ふくし)」の症状が代表的です。複視とは、物がぶれて見える症状のことです。
複視には、2種類あります。「正面視での複視と「左右上下での複視」です。どちらの種類なのかによって、後遺障害の等級が決まります。
正面視での複視は、深刻な頭痛や眩暈(めまい)の原因となります。このため、日常生活や業務に著しい支障をきたすものとして、後遺障害等級10級2号の対象となります。
左右上下での複視は、軽度の頭痛や眼精疲労(がんせいひろう)の原因となりますが、正面視の複視ほどの大きな支障はありません。このような症状は、後遺障害等級13級2号の対象となります。
複視の検査は、ヘスコオルジメーター(ヘススクリーンテスト)によって行われます。複像表のパターンによって、複視かどうかの診断を行います。
ヘスコオルジメーター
(8)示談手続きをする際の注意点
交通事故で水晶体亜脱臼を発症した場合は、示談手続きを行うときに特に注意しなければいけないことがあります。それは、「示談手続きを行ったあとに何年も経ってから白内障を発症するおそれがある」ということです。
水晶体の損傷態様によっては、交通事故の直後に白内障の症状が現れず、長期間かけて徐々に症状が進行することがあります。症状によっては、交通事故から3年ほど経過した後になって白内障を発症することもあります。遅い場合には、交通事故から10年以上経って白内障を発症することもあります。
このように遅れて発症する白内障のことを、「遅発性(ちはつせい)の外傷性白内障(がいしょうせいはくないしょう)」といいます。
このため、水晶体亜脱臼の示談手続きは、特に慎重に行わなければいけません。何年後かに外傷性白内障を発症する可能性を念頭に入れて、示談書を作成する必要があります。
たとえば、示談書の項目として、「本件の示談締結後に外傷性白内障を発症した場合は、甲乙間で別途協議を行うものとする」という文言を記載しておく方法があります。このような表記をしていれば、数年後の手続きが比較的容易となります。このような表記をしていなくても、数年後に改めて損害賠償請求を行うことができる可能性はありますが、立証の難易度が高いため手続きが複雑となります。
外傷性白内障は、失明の危険を有する重大な病気です。示談手続きを行う際には、数年後に白内障を発症するリスクを念頭に入れて、慎重に対応しておくことが重要です。
なお、上記で紹介した示談書の文言は、あくまで一般的な具体例です。お客さまの症状によって、示談書に記載するべき文言は異なります。どのような記載をすればよいのか分からないという場合は、一度当事務所にご相談ください。当事務所にご相談していただけば、弁護士がお客さまの症状を分析したうえで具体的なアドバイスをいたします。
(9)弁護士に依頼することの重要性
水晶体亜脱臼を発症した場合は、交通事故に精通した弁護士にご依頼されることをお勧めいたします。理由は2つあります。
①示談後に別の病気を発症するリスクがある
水晶体を亜脱臼した場合、交通事故の直後に白内障の症状が現れず、交通事故から数年が経過した後になって白内障を発症することもあります。遅い場合には、交通事故から10年以上経ってから白内障を発症することもあります。
示談手続きを行う際には、何年後かに外傷性白内障を発症する可能性を念頭に入れて、慎重に示談書を作成する必要があります。
示談書の文言は、被害者の状況に応じて個別に作成しなければいけません。示談書にどのような記載をすると被害者の方にとって有利となるかは、法律の専門家である弁護士が熟知しています。
②因果関係の立証に専門的なノウハウが必要となる
水晶体を亜脱臼した場合、後遺障害は複視(ふくし)が中心となります。複視の後遺障害を申請する際には、以下の3点がポイントとなります。
・被害者自身が複視の症状を自覚していること
・複視の原因となる症状が明らかに存在していること(眼筋の麻痺など)
・ヘススクリーンテストによって複視の存在が証明されていること
特に、2つめの「複視の原因となる症状が明らかに存在していること」の立証は専門的なノウハウが必要となります。これを「因果関係の立証」といいます。因果関係とは、「後遺障害が交通事故によって生じたということを他覚的所見により証明すること」です。
他覚的所見とは、「医学的な見解によって、客観的に症状を説明すること」です。他覚的所見の反対は、自覚症状です。自覚症状は、被害者の方ご自身が「痛みがある」「ふらふらする」と主観的に述べることです。
このため、後遺障害の審査では「医師による後遺障害診断書」が非常に重要な意味を持ちます。後遺障害診断書とは、「後遺症として具体的にどのような症状が生じているか」について、病院で記載してもらう書類です。
後遺障害診断書は、病院に持っていって医師に記載してもらいます。しかし、医師は「どのような記載をすると示談の際に有利となるのか」を考慮に入れて診断書を記載をするわけではありません。示談の際に有利となる症状があったとしても、医学的に重要な事項でなければ、医師が診断書に記載しないおそれがあります。
どのような記載をすると示談の際に有利となるかについては、法律の専門家である弁護士が熟知しています。よって、後遺障害診断書を作成する際には、法律の専門家である弁護士に依頼することをお勧めいたします。
以上の2つの理由から、水晶体亜脱臼の後遺障害の申請をお考えの方は、病院に後遺障害診断書を持っていく前に、交通事故に精通した弁護士にご依頼されることをお勧めいたします。
アジア総合法律事務所では、日頃から交通事故の紛争解決に力を入れており、後遺障害の申請について豊富な実績と経験があります。福岡をはじめとして、全国各地からご相談を受け付けております。当事務所にご相談していただければ、後遺障害診断書を作成する際のポイントについて、法律的な観点からアドバイスをいたします。
交通事故のご相談は初回は無料で受け付けておりますので、水晶体亜脱臼の後遺症お悩みの方はご予算を気にすることなくお気軽にご相談ください。
当事務所には、年間約200件にのぼる交通事故・後遺障害のご相談が寄せられます。
多くは福岡県内の方ですが、県外からのご相談者もいらっしゃいます。